【取材レポート】「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」がパナソニック汐留美術館で開幕。2026年3月22日まで

 

パナソニック汐留美術館では、2026年1月15日(木)から3月22日(日)まで「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」展が開催されています。

 


 

「ユートピア」とは、16世紀イギリスの思想家トーマス・モアの著作のタイトルにつけられた造語であり、「どこにもない場所」を意味する言葉です。

モアを起点として、理想的な社会を描くことで現実社会の不合理や問題点を批判・考察するユートピア文学が発展。19世紀には、アーツ・アンド・クラフツ運動を主導したイギリスの社会活動家ウィリアム・モリスが、自著『ユートピア便り』の中で、暮らしと芸術の総合による理想社会を夢みました。その思想が20世紀日本で紹介された際には、ユートピアは「暮らしの理想」という形で広がり、美術、工芸、建築など幅広いジャンルを結ぶ共同体が模索されることになりました。

本展は、急速な近代化が進むなか、美しい暮らしを求めた20世紀日本のユートピアの姿を、絵画や建築図面、工芸などの作品や資料約170点からたどるもの。混沌とする現代にあって、あらためて未来のユートピアとはどのようなものかを思い描く方法を探る内容になっています。

※会期中、一部展示替えあり。前期:1月15日~2月17日、後期:2月19日~3月22日

 

会場入口

 

会場構成は、大阪・関西万博で公共スペースの設計者として注目を集めた建築コレクティブ 「GROUP」 が担当。第1章から第5章まで、それぞれの異なるユートピアを観測する装置としての「ユートピア観測所」がコンセプトになっているといいます。

第1章「ユートピアへの憧れ」では、ジョン・ラスキンやウィリアム・モリスに影響を受けた、20世紀初頭の日本における理想主義の潮流を紹介。ここでは、モリスの『ユートピア便り』初版本が展示されています。世界一美しい本づくりを目指したモリス創設の出版社ケルムスコット・プレスによるもので、モリスが愛した別荘ケルムスコット・マナーを描出した華麗な木版画が楽しめます。

 

第1章 展示風景より、左下はウィリアム・モリス(発行:ケルムスコット・プレス)『News From Nowhere: or, An Epoch of Rest Being Some Chapters from a Utopian Romance』(ユートピア便り)1892年、TOPPANホールディングス株式会社 印刷博物館蔵

 

日本の知識人や芸術家たちの中には、西欧美術や思想に憧れ、個性や自由を尊重する一方で、自らのルーツや東洋的な精神性を見つめ直そうとする者がいました。学習院の学生らが中心となって創刊した文芸同人誌『白樺』はその象徴的な動きであり、白樺同人であった柳宗悦は、江戸後期の木食仏を訪ねる旅で昔ながらの手仕事に開眼。民衆の生活のなかに美を見出す「民藝」運動を主導します。大正デモクラシー頃の日本では、「民」が一つのキーワードになっていきました。

 

続く第2章「たずね求める 周縁、国外でのフィールドワーク」では、近代化する自らの足元を見つめた、民家研究、民具調査など「民」をめぐるフィールドワークを紹介。農山漁村や周辺地域、民族をたずねる交流は、ジャンルや国境を越えて失われてゆく「民」を記録し、未来へつなぐ役割を果たしました。

 

第2章 展示風景より

 

渋沢栄一の孫にあたる財界人であり研究者・渋沢敬三は、自邸の屋根裏部屋を出発点として、私設の博物館「アチックミューゼアム」を設立しました。そこは民族学・民俗学の研究者たちが集う場となり、当初は達磨などの郷土玩具を中心に、やがて民具全般、さらには朝鮮半島や台湾なども含めた人々の暮らしそのものへと研究対象を拡大。多くの研究員が参加するようになってからも、渋沢は給与や調査費、刊行物の出版費用などを私財によって支え続けました。渋沢は志を同じくする人々との共同研究、「テイームワークのハーモニアスデヴエロープメント(調和的な発展)」を理想としており、アチックの活動で育った人材と方法論は、のちに戦後の文化財保護の礎となっていきました。

展示では、そうしたアチックミューゼアムの関連資料や、戦局により実現が叶わずじまいだった日本民俗博物館構想を、今和次郎や蔵田周忠による図面などで紹介しています。

 

第3章「夢みる 都市と郊外のコミュニティ」では、建築家や詩人、芸術家による関東大震災以降の芸術コロニーや郊外アトリエの夢を取り上げています。

1920年代の日本では、鉄道網の発達や都市部における住宅難・生活難を背景に、郊外の田園地帯に都市生活者のための文化住宅が発展していきました。西洋モダニズム建築を日本に紹介した建築家の一人である蔵田周忠もまた、モリスに倣った田園のユートピアを目指し、世田谷や杉並といった新興の郊外に、文学者や芸術家のためのモダンで快適なコミュニティを設計。自らもその地に暮らします。

 

第3章 展示風景より、蔵田周忠による建築の資料展示

 

なかでも、1926年に歴史学者・森銑三のために建てられた「星芒書屋」は、広さ二坪半という最小限の空間に知的生活を成立させようとした、時代に先駆ける実験的住宅でした。会場には、当時『建築画報』に掲載されたドローイングをもとに、住宅内部をMRで再現したものを、ヘッドセットを装着して体験できるコーナーも用意されています。(日時指定あり)

また、将来を嘱望されながら夭折した詩人・建築家の立原道造は、自然に寄り添う創作環境を求め、浦和の別所沼畔に理想の小さな別荘「ヒアシンスハウス」を構想しました。わずか5坪のワンルームながら、懇談、執筆、就寝といった機能が巧みに分節された、詩情に満ちたアトリエです。立原の生前には実現しませんでしたが、有志によって2004年、別所沼公園内に建設されました。会場では、本来の建設予定地を表現した1/20再現模型がスケッチとともに紹介されています。

 

第3章 展示風景より、右は建築:立原道造、模型:文化学園大学種田ゼミ《模型 ヒアシンスハウス》2025年

 

他方で、パリの芸術に憧れた多くの画家たちは、アトリエ村「池袋モンパルナス」を生活と制作の拠点として活動しました。靉光、麻生三郎、鶴岡政男、寺田政明、松本竣介らは、次第に戦争の影が色濃くなる不安な時代状況のなかでも自主的な制作態度を貫き、交流を重ねながら「新人画会」を結成。会そのものは短命に終わりましたが、戦時下にあっても「人間としては当然のこと」(鶴岡)を、「最小限の自己主張がしたい」(麻生)と願った彼らの良心的な姿勢は、のちに「戦後美術の起点」として評価されることになります。

 

第3章 展示風景より、右は鶴岡政男《夜の群像》1949年、群馬県立近代美術館蔵

 

鶴岡政男の《夜の群像》(1949)は、夭折した松本が下塗りしたパネルに鶴岡が描いた作品。ピカソの《ゲルニカ》を思わせるシュールレアリスム風の作風で、裸の人々がお互いを踏みつけ絡み合い、もがき出ようとしている姿は、戦後の混沌からたくましく生き延びようとする人間のエネルギーを感じさせます。

 

第4章「試みる それぞれの「郷土」で」では、山本鼎、宮沢賢治、竹久夢二、ブルーノ・タウトといった表現者たちが、郷土や「ドリームランド」で試みた実践を紹介しています。

 

第4章 展示風景より、宮沢賢治の絵画表現に関する展示 ※上段右から2番目の《日輪と山》のみ実物展示期間2月2日まで。その他の作品も順次実物と複製展示を入れ替え。

 

本章で目を引くのは、宮沢賢治の絵画やドローイングです。宮沢賢治は児童文学作家として広く知られていますが、実は文学にとどまらず、地質学や農学、宗教、芸術など幅広い知識と実践を通じて、人々に幸福をもたらす「ドリームランド」の実現を願った人物です。郷土である岩手県花巻市は、賢治の童話や詩のモチーフになるだけでなく、農学や自身の芸術論を実践する場でもありました。1926年、農学校を退職した賢治は花巻に私塾「羅須地人協会」を設立。周囲の農民に作物や土壌について講義を行った際に用いられた、科学とアートが融合したような教育用絵図からは、農民の生活そのものを芸術と捉える理念が伝わってきます。

また、賢治は短編『花壇工作』の中で「花でBeethovenのFantasy(幻想曲)を描くこともできる」と述べるなど、花壇設計にも情熱を注いでいました。賢治にとって、花壇はより良い世界を形づくる要素であると同時に、その設計は農民芸術を理念として語るものではなく、日常の生活と労働の中で実践する最も身近な芸術活動の一つでした。展示では、花壇設計図「メモ・フローラ」に残された「涙ぐむ目」などのモダンな花壇のデザインを紹介しています。

 

第4章 展示風景より、竹久夢二とブルーノ・タウトに関する資料展示

 

最終章となる第5章「ふりかえる/よみがえる ユートピアのゆくえ」では、戦後まもなく、芸術と建築によって群馬県高崎の復興を目指した文化活動家・井上房一郎を大きく取り上げています。井上は地方交響楽団の創設に尽力した後、建築家のアントニン&ノエミ・レーモンド夫妻に群馬音楽センターの設計を依頼。鉄筋コンクリートの折版構造を特徴とし、経済性や永続的な耐久性、どの座席からでも視聴しやすい民主主義を設計に反映した同施設は、DOCOMOMO Japanの「日本の近代建築20選」に選ばれるなど、日本モダニズム建築の代表の一つとされています。

 

第5章 展示風景より、右は磯崎新《還元シリーズ MUSEUM-Ⅰ(群馬県立近代美術館)》1983年、磯崎新アトリエ蔵

 

さらに井上は、大阪万博で注目を集めた気鋭の建築家・磯崎新を起用し、1974年に群馬県立近代美術館を建設しました。建物の幾何学的な構造は、増殖可能な立方体のフレームによるもので、空洞のフレームは美術品を周囲の文脈から切り離して展示する容器としての役割を果たします。現代美術空間の代名詞となった、こうした「ホワイトキューブ」のアイディアは、同施設で世界に先駆けて実践されたものです。

また、高度経済成長期の建築界では、「デザイン・サーヴェイ」と呼ばれる調査方法が流行しました。これは、伝統的な町並みや集落を丸ごと実測調査し、緻密な図面によって可視化することで、地域の全体像を浮かび上がらせる手法です。

日本におけるデザイン・サーヴェイの先駆者である建築史家・伊藤ていじは、工学院大学教授に着任後、長野県海野宿において学生に実測図面の制作を指導しました。そこには、江戸時代まで北国街道の宿場として栄えた海野宿の、各時代を象徴する建築や、歴史、自然とのかかわりが浮かび上がります。「美しい民家は美しく描かねばならない」という方針のもと、徹底的に鍛えられた学生たちによる、繊細な線描や樹木の表現が見どころです。

 

第5章 展示風景より、明治大学神代研究室《伊根亀山デザイン・サーヴェイ集落全体平面図(4枚組)》1968年、明治大学理工学部建築学科明大建築アーカイブ蔵

 

ひときわ大きな連続平面図は、明治大学で教鞭をとった建築史家・神代雄一郎の研究室によるもの。京都府伊根亀山において、湾に沿って舟屋が連なる独特の景観を詳細な図面として記録しました。さらに神代らは、瀬戸内海の女木島や沖ノ島といった辺境の漁村を対象に、特に祭りの際に立ち現れる空間の調査を重ね、地域共同体の成り立ちや役割を捉えようとしました。

このようにデザイン・サーヴェイは、失われつつある世界の記録であると同時に、変貌する社会のなかで建築とコミュニティの関係を問い直し、未来への手がかりを探ろうとした若者たちの真摯な姿勢をも伝えています。

 

単なる歴史回顧にとどまらず、私たちが探求すべき「美しいユートピア」への道筋を示す「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」の開催は、2026年3月22日(日)までとなっています。

 

 

「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」概要

会期 2026年1月15日(木)~3月22日(日)
 ※会期中一部展示替えあり。 前期1月15日~2月17日、後期2月19日~3月22日。
 ※2月19日以降に再入場の場合は、半券ご提示で100円割引。
会場 パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4F)
休館日 水曜日(ただし2月11日と3月18日は開館)
開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
 ※2月6日(金)、3月6日(金)、20日(金)、21日(土)は夜間開館20:00まで。(入館は19:30まで)。
入場料 一般 1,200円 / 65歳以上 1,100円 /大学生・高校生 700円 / 中学生以下 無料

 ※障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料。
 ※土・日・祝日は日時指定予約が必要(平日は予約不要)。
 ※当日空きがあれば入館可能。
 ※混雑状況により入館方法が変更になる場合あり。

主催 パナソニック汐留美術館
展覧会公式ページ https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/26/260115/

※本記事の内容は報道内覧会時点のものです。最新の情報と異なる場合がありますので、詳細は公式サイト等をご確認ください。

 

 

 

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