【会場レポ】企画展『横尾忠則 銀座番外地』が銀座で開催。初公開作品が多数、デザインのプロセス“のみ”を散りばめた異色の企画展

 

1960年代にグラフィック・デザイナー、イラストレーターとして一躍脚光を浴び、1981年のいわゆる「画家宣言」以降は美術家として、主題や様式にとらわれない自由なスタイルの絵画作品を第一線で生みだし、世界中のクリエイターに多大な影響を与えている横尾忠則(1936-)。

今年2月には長年の功績が評価され、国の栄誉機関である日本芸術院の新会員に選出され話題に。86歳になってなお猛烈な勢いで創作活動を続けており、今秋に東京国立博物館にて開催が予定されている『横尾忠則 寒山百得』展に向けては、3年で101点もの完全新作を制作するなど、2023年にあらためて注目したい日本人アーティストの一人といえます。

 

現在、そんな横尾氏の作品を集めた一風変わった企画展『横尾忠則 銀座番外地 TADANORI YOKOO MY BLACK HOLES』が、東京・銀座にあるギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で開催中です。

会期は2023年6月30日まで。入場無料です。

 

ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)

 

グラフィックデザイン専門のアートギャラリーであるgggでは、これまで『横尾忠則ポスター展 吉祥招福繁昌描き下ろし!!』(1997年)、『横尾忠則 初のブックデザイン』(2012年)、『幻花幻想幻画譚1974-1975』(2018年)と個展を開催。横尾氏のグラフィックデザインの魅力を、ポスター、ブックデザイン、挿絵という3つの分野にわけて紹介してきました。

4回目となる『横尾忠則 銀座番外地 TADANORI YOKOO MY BLACK HOLES』は、その名のとおり番外編。完成品のポスターや書籍ではなく、「デザイン表現のプロセス」に焦点を当てた、横尾忠則という大きなグラフィックデザイン物語の最終章となる展覧会として企画されたものです。

 

会場では、作品完成以前のラフスケッチ、アイデアノート、表現エレメントとしてのドローイング、原画、コラージュ、版画やポスターを仕上げるための版下、色指定紙など、1960年~80年代にかけて生まれた素材それぞれをひとつの作品とする、約250点が展示されています。

これらのアーカイブは、横尾氏から寄贈・寄託された3,000点もの作品を所蔵する横尾忠則現代美術館のもとで、横尾氏自身が「ぼくのブラックホール」(同展のタイトルにもなっています)と呼ぶ80数個の段ボールの中に収納・整理されていました。

同展の開催にあたっては、企画担当者やギャラリーの方々が作品や資料、収納状況の記録写真18,000点余、さらにそこから出力したコピー紙約2,500枚をチェックして出展物を厳選したとのこと。なんと、展示されている作品の多くが初公開のものという、大変貴重な内容となっています。

 

1F展示の様子



 

展示はgggの1階とB1階の2フロアに分かれています。B1階は宇宙をイメージした空間演出がなされていて、作品が美しい天体のように暗闇に浮かび上がっていました。

 

B1F展示の様子。フロアにはジョン・ケージのピアノ曲の静かな不協和音が響いていました。

 

前述の通り、完成品は一つも紹介されていません。完成品ありきではなく、あくまでプロセスのある段階で出力された表現と向き合う内容になっています。

 

1F 展示の様子

1F 展示の様子

1F 展示の様子

B1F 展示の様子

B1F 展示の様子

B1F 展示の様子

B1F 展示の様子、『年鑑日本のグラフィックデザイン’82』/講談社/表紙(原画)/1982年

 

展示の大きな特徴は、作品にキャプションが一切つけられていないこと。完成品のタイトルも、制作年も、制作背景も、現物以外には何も情報がありません。
(※本記事の画像の一部には、図録の作品・資料リストに載っていた情報を記載しています)

gggで展覧会を担当されている尾澤あずささんに、情報を排したこの展示方法についてお聞きすると、横尾氏自身から繰り返し「(展示にあたって)あまり考えすぎないように。コンセプチュアルにならないように」と言われていたと話します。

尾澤さん
「たとえば、ここに『MIRANO:5』のポスターのアイデアスケッチが展示してありますが、『MIRANO:5』とキャプションを付けたところであまり意味がない。人によってはその情報が何かの手立てになるかもしませんが、今回はあえてそれが明かされない状態で楽しんでいただこうと考えました。展示物の中には、最終的にどんなタイトルがつくのか未定の状態で横尾さんが手掛けたものも当然あると思いますので、そこに完成品のタイトルをつけてしまうのは違うのかなと。自由に思いを巡らせて、いろいろな解釈をしていただければ」

 

『MIRANO:5』/西武百貨店/ポスター(アイデアスケッチ、版下)/1980年 など

 

その横尾氏の要望にこたえる形で、同展では明確なコンセプトを設けず、出展物も企画担当者やギャラリーの方々が相談しながら直感的に見せたいものを選んでいったとのことでした。作品の並びも、ほとんど無作為といっていいでしょう。

 

通し狂言 椿説弓張月/国立劇場/ポスター(アイデアスケッチ)/1968年 など

第6回東京国際版画ビエンナーレ/東京国立近代美術館/ポスター(原画)/1968年 など

オペラ横尾忠則を歌う/ジエンドレコード/レコードジャケット(原画)/1969年 など

 

『椿説弓張月』のポスターのアイデアスケッチ、『第6回東京国際版画ビエンナーレ』のポスター原画、『オペラ横尾忠則を歌う』のジャケット原画など、横尾作品に特別詳しくない筆者でも目にしたことがある有名作品のアーカイブがある一方で、コアなファンであっても完成品が連想できないだろう作品も少なくありません。

というのも、じつは展示物の一部については、主催側でもなんの関連資料なのかわかっていないのだといいます。そんなカオスでルール無用なところも「番外地」らしさです。

鑑賞の手助けがないなか、自分自身の記憶や経験のみを頼りに、感覚のおもむくままに思索を深めていくうち、横尾アートの引力に際限なく吸い込まれるような体験ができたのはまさに「ブラックホール」のタイトル通り。

 

謎のラクガキ(?)アイデアスケッチのメモ書きも面白いです。

 

珍しいタッチのドローイングや、なにげなく描かれたように思われるスケッチの完成度の高さ、走り書きされたアイデアなど見どころは挙げきれませんが、特に興味深かったのは、データで原稿のやり取りをする昨今では見かけなくなった色指定紙でした。

色指定紙は、製版のための原稿である版下や原画などの上にトレーシングペーパーを重ねて、どんな色で印刷したいのかの指示を書いたもの。色チップを貼り付けたり、CMYKの%(掛け合わせ)でどんな色にしたいのかを文字で書いたりして指定していたようです。

 

我々は残された4半世紀をどうするか『話の特集』/日本社/イラストレーション(色指定紙)/1975年

『年鑑日本のイラストレーション』/講談社/表紙(色指定紙)/1978年

 

当時の仕事ぶりが生々しく感じられます。その指示の細やかさや色選択の大胆な様子を確認すると同時に、横尾氏の緻密に計算されたサイケデリックアート的デザインの数々が頭を駆け抜け、こういった作品は横尾氏が直接色を塗っているわけではない、頭の中であの膨大な情報量がつまったグラフィックを彩色しているんだと、今更ながらゾゾっと衝撃を受けました。

 

東京ワッショイ/キングレコード/レコードジャケット(色指定紙)/1978年

大友克洋著『Boogie Woogie Waltz』/綺譚社/表紙(原画)/1982年

 

そのほか、『東京ワッショイ』(遠藤賢司)のレコードジャケット(のちにアルバムジャケットとしても使用)の色指定紙や、『Boogie Woogie Waltz』(大友克洋)の表紙原画といった「こんなものまで!」と驚く展示も。あらためて、横尾氏の仕事の幅広さを実感します。

 

1FとB1Fをつなぐ階段も宇宙仕様で雰囲気がでていました。

 

鑑賞前は「完成品がないなんて、地味な展示になっているのでは?」と想像していましたが、それは全くの杞憂で、入場無料なのが信じられない充実ぶりでした。

同展の図録には、横尾忠則現代美術館の平林恵学芸員が『ヨコオ・マニアリスム vol.1』(2016)という展覧会に寄せた以下の文章が引用されています。

“横尾にとって「作品」と呼ばれるものは最終形態ではない。いったん「完成」とされた作品も、未来の作品に向けたアーカイブでしかないのだ。言い換えれば、制作過程において存在するあらゆるものは、素材として等価値であるということだ。”

若き横尾氏のインスピレーションが閉じ込められたアーカイブ群。過去のモチーフを反復し新たな作品としてきた横尾氏であるなら、もしかするとこれらの古いアーカイブも再び見いだされ、編集され、新たな未完の作品へと繋がるのではないか……そう思わせる熱量が存在しました。

 

銀座に突如現れた横尾氏のブラックホールを体験できる企画展『横尾忠則 銀座番外地 Tadanori Yokoo My Black Holes』の開催は2023年6月30日(金)まで。ぜひ足を運んでみてください。

 

 

■企画展『横尾忠則 銀座番外地 Tadanori Yokoo My Black Holes』概要

会期 2023年5月15日(月)~2023年6月30日(金)
会場 ギンザ・グラフィック・ギャラリー (ggg)
東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル
開館時間 11:00-19:00
休館日 日曜・祝日
入場料 無料
編集 榎本了壱、北沢永志
協力 横尾忠則現代美術館
お問い合わせ 03-3571-5206

 

※本記事の内容は取材日(2023年5月26日)時点のものです。最新情報と異なる場合がありますのでご注意ください。

 

 

 

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