2024年4月、東京・銀座の並木通りにある「セイコーミュージアム銀座」の6階に、世界に誇る日本の高級腕時計ブランドであるグランドセイコーの歴史を多彩なコレクションとともに紹介する「グランドセイコーミュージアム」が開館しました。入場は無料です。
同館で広報を担当されているセイコーグループ株式会社の宮寺昇さんに案内していただきましたので、館内の様子をご紹介します。筆者は時計について素人ですが、素人目線で「時計について詳しくなくても楽しめるのか?」という点についても触れていきますので、ぜひ銀座散策の参考にしてください。
企業製品に留まらない時計の博物館「セイコーミュージアム 銀座」
時計のセイコー(SEIKO)の企業博物館であるセイコーミュージアムは、1981年にセイコー創業100周年の記念事業として、東京都墨田区にあった製造工場(精工舎)内に設立された資料館を母体としています。
設立当初は「時と時計」に関する資料や標本の収集・保存・研究に重きを置いた施設でしたが、2012年、広くセイコーブランドの魅力を伝えるべく、セイコーミュージアムと名前を改めて一般公開をスタート。2020年にはセイコーの創業者である服部金太郎誕生160周年事業の一環で、セイコー発祥の地である東京・銀座へ移転して今に至ります。
ミュージアムは地下1階から地上5階にまたがり、フロアごとに異なるテーマを設けて、1万を超える実物資料の中から常時約500点を厳選して紹介。
「東洋の時計王」と称され、日本における時計産業の発展に人生を捧げた服部金太郎が、「常に時代の一歩先を行く」という精神のもと挑戦と努力を続けた足跡をたどる「服部金太郎ルーム」のほか、世界の時計市場に大きな影響を与えた世界初のクオーツ腕時計「クオーツアストロン」、日本人の美意識を凝縮したジュエリーのような「クレドール」、極限に挑むアスリートや冒険家たちを支えてきた計時機器やスポーツウォッチなど、セイコーの多様な試みとその技術の進歩を通覧できる展示内容になっています。
また、紀元前5000年の古代エジプトで誕生した日時計から始まる世界の時計の変遷や、日本独自に進化した和時計コレクションなど、セイコー製品史にかかわらない時計の展示も充実。時計マニアだけでなく、あまり詳しくない方でも大人から子供まで楽しめる施設として、海外からの観光客も含めて今では年間4万5千人もの来場者が訪れているといいます。
「グランドセイコーミュージアム」には、「初代グランドセイコー」をはじめとするタイムピースや貴重なモデルなど100点余りが集結
創業140年以上の歴史をもつセイコー傘下のブランドの中でも、1960年の誕生以降、フラッグシップとして第一線を走ってきたのがグランドセイコー(Grand Seiko)です。
グランドセイコーは「実用時計の最高峰」をコンセプトに、高い時間精度、美しさ、見やすさ、使いやすさ、耐久性といった腕時計本来の在り方を追求し、ムーブメントの開発から設計、製造~検査までをすべて自社で担う希少なマニュファクチュールです。最先端の技術と匠の技を融合した高級腕時計ブランドとして確固たる信頼を築きながら、2017年に本格的な海外進出を目的に個別ブランドとして独立しました。
宮寺さんによれば、もともと施設の一画にグランドセイコーに関する展示はあったそうです。しかし、ブランド誕生から今日に至る60年余りの歴史をひも解くには物足りないスペースだったことや、独立ブランドになったという背景もあり、6階に専用フロアを新設するに至ったとのことでした。
このたび開館した「グランドセイコーミュージアム」では、「初代グランドセイコー」をはじめ歴史的価値の高いタイムピースやマニア垂涎の珍しいモデル、歴代のムーブメント(時計の内部に搭載される動力機構のこと。大きくわけて機械式、クオーツ式があります)など、セイコーが収蔵するコレクションの中から約100点を展示し、その発展と進化の歴史を紹介しています。
館内デザインは、日本の豊かな自然や季節の移ろいからインスピレーションを受ける感性と、より高次元で時計の機能を極めて時の本質に迫ろうとする匠(技術者)の姿、つまり「日本独自の美意識と精神性」を表したグランドセイコーのブランドフィロソフィー「The Nature of Time」の世界を体現しているとのこと。そこにいるだけで心が穏やかになるような、木材を用いた温かみのある和の空間です。
「初代グランドセイコー」「GSセルフデーター」「44GS」…グランドセイコーの礎を築いたタイムピースたち
展示は、グランドセイコーの歴史になぞらえて「1.誕生」「2.挑戦」「3.多彩」「4.独創」「5.進化」とテーマを設けていました。
1960年、スイス製が高級腕時計の代名詞とされていた当時、日本は高度経済成長期のなかで国際競争に勝とうと勢いづいていました。「1.誕生」のコーナーでは、そんな機運も背景に、「世界に誇れる国内最高級の腕時計をつくる」という志のもと、それまでセイコーが培った技術のすべてを注ぎ込んで生まれた「クラウン」(1959)をベースに、さらに高度な調整と美しい仕上げを施した機械式モデル「初代グランドセイコー」(1960)を紹介。
時計の精度と品質を証明する、当時の世界最高基準とされていた「スイス・クロノメーター検査基準優秀級規格」に国産で初めて準拠したモデルとして発売されたもので、現在では機械技術に関わる歴史的遺産「機械遺産」に認定されています。
続く「2.挑戦」のコーナーでは、グランドセイコー製品の方向性を決定づけた傑作モデル「GSセルフデーター(通称グランドセイコーセカンド)」(1964)や、自ら精度基準やデザインルールを制定し、最高峰の高みを目指した1970年頃までの挑戦の歴史を主だったモデルとともに紹介しています。
「初代グランドセイコーを発売していた頃は、スイス製に追随する形で主にエレガンスでドレッシーな腕時計をつくっていました。しかし、1964年にセカンドモデルとして発売したGSセルフデーターはファンクショナル(機能的)な部分が特長です。具体的には、針を回さずにカレンダーの日付を簡単に合わせられる早送り日付修正機能という独自の特許技術を搭載したり、防水性能を向上させたりと、初代グランドセイコーの品格はそのまま引き継ぎつつ、実用性や耐久性に力を入れたつくりになりました。高精度なのはもちろん、より機能的であるのが本当の高級品だ、という路線に大きく転換するきっかけとなったモデルです」(宮寺さん)
「2.挑戦」のコーナーの時計を年代順に見ていると、あるタイミングからダイアルの6時の位置に「GS」というマークが刻まれていることに気づきました。
「当初はスイス・クロノメーター検査基準規格をクリアすることを目標に時計づくりをしていましたが、次第にスイスを追いかけるのではなく、独自のターゲットを設定して時計の本質を追求していこうという方向へシフトしました。そこで1966年に、より厳しい基準のグランドセイコー規格(GS規格)というものを新たに制定しまして、それをクリアした時計にGSというマークをつけているんです」(宮寺さん)
マークの種類一つにもさまざまな歴史がつまっているということで、その変遷を追ってみるもの面白いかもしれません。
また、このコーナーで特に注目してほしいのは、グランドセイコーの製品史を語るうえで欠かせない「44GS」(1967)です。「燦然と輝く腕時計」を実現するべく日本の美意識を原点として生まれた、現在まで続くグランドセイコー独自のデザイン文法「グランドセイコースタイル」を確立した機械式の傑作モデルとして知られています。
「ザラツ研磨」と呼ばれる方法で磨き上げた歪みのない平面と直線を主体とした独特なデザインによって、ケースを美しく燦然と輝かせ、光と影の調和で無数の表情を生み出しているとのこと。グランドセイコースタイルについては展示で詳しく解説されていますので、訪れた際はぜひ内容を把握してもらえればと思います。独自の輝きと趣きを引き出す文法を知れば、その後に登場する歴代モデルを見る目もきっと変わってくるでしょう。
約70点の個性的なモデルを壁一面に一挙展示!
グランドセイコーでは、特に1960年代後半から1970年代前半にかけて、さまざまなデザインや美しさを表現した個性的な製品が数多く展開されました。続く「3.多彩」のコーナーは、そんなブランドの広がりを紹介するべく、歴史的タイムピースと歴代のムーブメント約70点を壁面に一挙に展示。同館のハイライトとなっています。
1969年、グランドセイコー規格よりもさらに厳格な高精度規格「グランドセイコーV.F.A.規格」が制定されました。「V.F.A.」とは「Very Fine Adjusted」の略で、その特徴は超高精度であること。当時のグランドセイコー規格の検定では平均日差(一週間から10日間程度使用した場合の進み/遅れの平均値)を「-3~+5秒」に設定していましたが、V.F.A.規格では「月差-1分~+1分以内(日差±2秒以内)」という、その時点における機械式時計で実現しうる限界の精度を求めるものでした。
この規格に準拠して発売された、ある意味で機械式時計の一つの到達点に至ったともいえる超高精度モデルに「61GS V.F.A.」(1969)があります。展示されているのは、ケースやブレスレットにパラジウム合金を用いた、流通量が少ない「V.F.A.」の中でもさらに希少な幻のモデルとのことでした。
「4.独創」のコーナーでは、現在のグランドセイコーを構成する、機械式”9S”、クオーツ式”9F”、スプリングドライブ式”9R”という3つの独創的なムーブメントの特徴と、それらのムーブメントで展開する新しい製品の系譜を紹介しています。
巻き上げたゼンマイがほどける力を動力源にする機械式時計と、水晶(クオーツ)に電圧を加えることで規則正しく振動する性質を利用した、電池を動力源とするクオーツ式時計。この2つは知っていても、スプリングドライブ式時計は聞きなじみがないという方もいるはず。
2004年に登場した9Rスプリングドライブは、グランドセイコーが20年以上の歳月をかけて独自に開発した第3のムーブメントです。ゼンマイを動力源としながらも、時間の制御(調速)はゼンマイから生まれるわずかな電気でクオーツを振動させて行っているとのこと。機械式のように電池が不要で、針を動かす力が強いためグランドセイコーらしい太くて重い針も採用できますし、クオーツ式のように高精度で衝撃にも強いということで、スプリングドライブ式は機械式とクオーツ式のハイブリッドといってもいいでしょう。
世界的にも類を見ない、伝統的な機械技術と最先端のクオーツ技術をもつグランドセイコーだからこそ可能になった独創的なこの製品は、海外からの人気も高いとか。スプリングドライブの展示は、最高峰の実用時計を目指して挑み続けるというグランドセイコーの一貫した思想をあらためて感じさせてくれました。
最後の「5.進化」のコーナーでは、近年のグランドセイコーの動向や未来へ向けた取り組みについて、「進化」を象徴する製品とあわせて紹介しています。
正直なことを書きますと、このコーナーで紹介されている製品については、専門的過ぎて素人には理解が少し難しかったです。たとえば世界初の機構を搭載しているという「TOコンスタントフォース・トゥールビヨン」という機械式の複雑時計については、
2020年、限りなく高精度な機械式時計として、ぜんまいの力を一定にして供給するコンスタント・フォースと重力の影響を分散するトゥールビヨンとを同軸に重ねたコンセプトモデル「TO(ティーゼロ) コンスタントフォース・トゥールビヨン」が開発されました。
と解説されていましたが、「重力の影響を分散……?」と付け焼刃の知識では太刀打ちできず。
同館の展示は時計に詳しくない方でも楽しめるような構成を心がけたというお話で、実際に筆者も大いに楽しめましたが、当然ながら素人が一度巡っただけで1から10まで理解できるというわけではなさそうです。そのため、まずはこういった製品があるのだと記憶に留め、興味をもったら鑑賞後に詳しく調べてみるなど、知らないなりに楽しもうとする姿勢は必要かもしれません。
それでも、館内を巡ればグランドセイコーの歴史やものづくりへの共感はじゅうぶん深まりましたし、世界に誇る熟練の技能者が手作業で仕上げた唯一無二の美しさを間近で鑑賞できるというだけでも満足できる内容でした。この充実ぶりで入場無料なのが信じられません!
他のフロアで時計についての知識を得てからグランドセイコーミュージアムに足を運ぶと、より内容を理解しやすくなりますので、下の階から順に上がっていくことをおすすめします。
なお、比較的じっくりと鑑賞してグランドセイコーミュージアムで所要時間は30分ほど、セイコーミュージアム 銀座を含めると2時間強かかりましたので、参考になれば幸いです。公式HPでは、来館者の予定に合わせた館内の回り方も紹介していますので、そちらもぜひご覧ください。
1960年のブランド誕生から今日に至るグランドセイコーの発展と進化の歴史に触れることができるグランドセイコーミュージアム。銀座を訪れる際はぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。
■「グランドセイコーミュージアム」概要
所在地 | 東京都中央区銀座4丁目3-13 セイコー並木通りビル 6階 |
開館時間 | 10:30~18:00 |
休館日 | 月曜日・年末年始 ※予定は変更になる場合があります。 |
入館料 | 無料 ※見学は予約優先です。インターネット予約は公式HPから行えます。 |
電話番号 | 03-5159-1881 |
グランドセイコーミュージアム特設ページ | https://museum.seiko.co.jp/grandseiko-museum/ |
セイコーミュージアム公式HP | https://museum.seiko.co.jp/ |
※本記事の内容は取材時点のものです。最新の情報と異なる場合がありますので、詳細は公式HP等をご確認ください。
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