「ココシル」の地図には、お店とか公園とかその場所を示す「ピン」が刺さっている。そして、まったく同じものが数寄屋橋交番の上にも刺さっている。 1982年(昭和57年)、東京都の文化デザイン事業のひとつとして、交番建築が立て…
銀座デジカメ散歩−19「地下の銀座通り」
地下通路から「松屋」に入る手前左側に、不思議な空間がある。突き当たりに小さな窓、そこから中を覗くためのだろうか、たぶん子供用の数段の階段。まるで舞台装置か建築模型みたいだ。 窓からは「銀座共同溝」が見える。銀座通りの1丁…
銀座デジカメ散歩−18「夏目漱石のランチタイム」
「交詢社」は1880年(明治13年)につくられた日本初の社交倶楽部である。夏目漱石は、当時銀座6丁目にあった朝日新聞社で文芸欄を担当していた。石川啄木も校正係として採用されていた。漱石は同僚に誘われてよくここでランチをと…
銀座デジカメ散歩−17「上を向いて歩こう」
外濠通り、西洋銀座の角を曲がると、とても特徴的なビルが見える。 まず銀座並木通り入り口のあるのが「銀座SF ビル」。世界的建築家・黒川紀章さん設計のこのガラス張りのビルには、ギャラリー、スタジオ、イベントスペースが入って…
銀座デジカメ散歩−16「昔が見える場所」
ここ有楽町駅は1910年(明治43年)に東海道本線の駅として開業した。日本初の鉄道が開業し新橋駅が出来たのが1892年(明治5年)だから、その18年後ということになる。関東大震災や太平洋戦争の空襲では大きな被害を受けた。…
銀座デジカメ散歩−15「銀座とヴェネチア」
ここ新橋駅の高速道路の下はむかし、運河だった。数寄屋橋の下を流れ、泰明小学校の裏を通っていた。これは江戸城を囲む外濠の跡、通称「外濠通り」。数寄屋橋公園には、この橋を舞台にしたドラマ「君の名は」の脚本家・菊田一男の記念碑…
銀座デジカメ散歩−14「影が重なる時」
銀座を通る大きな通りは、北東と南西を結ぶのがまず、国道の「中央通り(銀座通り/イチイ並木)」。それから都道がふたつ「西銀座通り(外堀通り/ヤナギ並木)」と「昭和通り(イチョウ並木)。西北と東南が、都道の「晴海通り(ケヤキ…
銀座デジカメ散歩−13「柳に十字架」
西銀座通りに面したそのビルに、初めて入ったのは、カメラの「レモン社」が目的だった。名機、名レンズが、ショウケースの中でまぶしく輝く。拝むだけで大満足、出口に向かい案内板を見ると「銀座教会堂ビル」とある。「教…
銀座デジカメ散歩ー12「聖夜から新年へ」
「銀座ミキモト」の「クリスマスツリー」は、もはや日本の年末恒例の展示物(?)となっている。年の暮れになるとまず、あのツリーをいちおう、確認したい。 今年もまた、いちおう巡礼(!)してから、「バーゲン」の戦場へと向かった。…
銀座デジカメ散歩ー11 「赤い木の実」
中央通り、松屋前の歩道に植えられている並木に、赤い実がついている。木の形は、まるでクリスマスツリーの樅の樹に見える。それにしてはこの赤い実の飾り付けは地味だな。 近づいて、葉っぱを見て分かった。これは「イチイ(一位)」。…